
日本で「難民」と呼ばれる人に出会ったことはありますか?
日本に逃れてきて暮らしている難民は、約2万人。
難民問題は海の向こう側だけで起こっている出来事ではなく、日本で暮らす私たちにも関係があることなんです。
難民とは誰のこと?
そもそも難民とは、どういう人たちのことを指すのでしょうか。
難民とは、自分の命を守るために、やむを得ず、母国を離れ、他の国に逃げざるをえないひとたちのこと。
一口に難民といっても、1人ひとりの迫害の背景にあるのは、政治的思想や宗教観、人種・国籍の違い、経済的困窮など実に様々なケースがあります。
なぜ難民は日本に来るのか
生まれ育った国を離れざるをえなかった人たちは、何故、日本に来るのでしょうか。
日本は安全そうだから?日本は平和そうだから?
もちろんそれもありますが、実は、理由はそれだけではありません。難民として国を追われている彼らには逃れる国を選ぶ余裕はなく、たどり着いたらたまたま日本だったという人もいれば、日本ならとりあえずの観光ビザを取得しさえすれば入国しやすいからという人もいます。
日本に来るとどうなるのか
日本に逃れてきた人は、日本で生活を営むために、膨大な量の資料と共に難民申請を出します。審査の結果、難民認定・特別許可・仮放免または、もといた国への強制送還ということになります。
©Yahoo!ニュース「埼玉で暮らす在日クルド人 「ワラビスタン」のいま」
1、難民として認められた場合
申請が通れば国民年金、児童扶養手当、福祉手当などの受給が認められ、日本国民と同じ待遇を受けることが可能です。
ところが、申請が受理されることはほとんどありません。2015年度は、難民認定申請者数が7,586人と過去最多になったのに対して、認定されたのは27人でした。
申請が認められなかった人たちは、「特別許可」、「仮放免」のいずれかになります。
2、特別許可を受けた場合
国民年金、児童扶養手当、福祉手当などの受給は認められませんが、日本で働くことが可能になります。ただ、現実的には長期雇用・安定した収入を望むことは難しく、収入が不安定な仕事が中心です。
3、仮放免を受けた場合
仮放免では就労さえ不可能になります。それでも、生きるために、SNSを通じて知人に紹介された日雇いの仕事をこなし、どうにか生活している人もいます。
さらに、自分が暮らす都道府県から出る時は、たとえ目的が買い物であっても、その度に入国管理局の許可を得る必要があります。また、2ヶ月に1度は入国管理局への出頭も義務付けられています。
日本で暮らす難民の9割以上は、特別許可または仮放免状態にあるのが実情です。
難民と日本人の共生を目指す団体WELgeeが開く「WELgeeサロン」は、難民問題に関心をもった日本の人たちが、まず出会う場・そして当事者から学ぶ場を設ける月1の交流勉強会です。
第4回の1月15日(日)には、日本で10年以上「仮放免」のまま難民認定を待っている3人のクルド人がゲスト参加し、日本に住む20人と交流しました。
クルド人は「国を持たない最大の民族」と呼ばれ、およそ3,000万人がトルコ、シリア、イラク、イランなどで暮らしています。どの国でも少数派のため、政治状況によって人種差別にあい迫害されることも多く、そこから逃れるためにもといた国を離れる人も多いのです。
今回のサロンに参加した3人―Mさん、Yさん、Gさんは、難民として日本に逃れてきたクルド人が多く住む埼玉県蕨市で、10年以上を過ごしてきました。
3時間に及ぶ会の中では、なぜ彼らが日本に来たのかや、いまどのように暮らしているのかが流暢な日本語で語られたほか、参加者からも多くの質問が寄せられました。
そして彼らの言葉から、いま直面している厳しい現実が明らかになりました。
最低限の生活さえままならない
彼らが直面している切実な問題の1つは、経済的な苦しさです。
仮放免で難民申請中の人は国民保険に入ることができないため、病院で治療を受けるのに高額の費用を自己負担しなければなりません。
怪我や病気で辛い症状があっても、病院に行かずに我慢する人は多いそうです。出産にかかる費用も当然全額負担するため、借金をせざるをえない人もいます。
何より、就労を制限されることが生活をより厳しいものにしています。
以前は「普通の人」と同じように家庭があり、スキルを持って働いていた人。
日本に10年以上住み、言葉や文化を理解している人。
「難民」でなければ日本でも普通に暮らせるはずなのに、彼らは「難民」であるがゆえに、就労を制限されてしまうのです。
仮放免の状態では、最低限の生活に必要な収入が得られる職業につくこともままなりません。
日本の難民の定住支援を行う難民事業本部(日本政府の委託を受け難民支援をする団体)から保護費をもらうこともできますが、金額は1日あたりにすると1,500円。申請者全員がもらえるわけではありません。
更に、定期的な面会では自分の生活がいかに困窮しているかを示す必要があり、買った物のレシートの提示を求められ、着ている衣服のメーカーを調べられることもあるそうです。
「まるで人間として扱われていない」
WELgeeサロンで3人が語った言葉の中で共通していたのは、「人として扱ってほしい」ということでした。
Mさんは1度、3ヶ月ほど入国管理センターに収容されました。その間に病気にかかり医師の診療を受けたものの、その医師は体に触れもせず、顔色を少し観察しただけで薬を処方したそうです。
Mさんの妻、Yさんは日本で3人の子どもを産み、育てています。子ども同士は学校で友達として仲良く生活しているそうですが、「自分には友人と呼べる人はいない」と語っていました。PTAなど学校行事に積極的に参加しても、なかなか打ち解けられないそうです。
Gさんの夫は、昨年12月に3回目の難民申請を却下され、その通知と同時に入国管理センターに収容されました。日本に来てから10数年も経った今、なぜ収容されたのか。理由は、明らかになっていません。
(参考動画:「なぜ日本は難民をほとんど受け入れないのか」BBC NEWS JAPAN)
Gさんは、週に1度ガラスの壁越しに面会する以外、夫とコミュニケーションを取る機会がありません。
さらに、夫と同じ部屋には犯罪歴がある外国人や、不法滞在で収容された外国人もいるとのこと。
厳重なつくりの6畳ほどの部屋に、見ず知らずの人と5人で住む。しかも、いつ出られるか分からず、面会以外に収容所の外の世界に触れる機会もありません。
「まるで人間扱いされていない」というGさんの言葉は、いま日本で暮らす多くの難民が感じている気持ちを代弁しているように聞こえました。
私たちが日本の難民にできること
今回WELgeeサロンで出会ったような日本の難民の人たちが安心して暮らせるようにするためには、難民認定の制度そのものの変革が必要なのは、間違いないでしょう。
しかし彼らの言葉を聞いていると、たとえ制度が変わっても、日本に住む私たちが今と変わらなければ、本当の意味で安心して日本で暮らせるようにはならないと感じました。
私たちが「おなじ日本で暮らす人」として彼らを迎え入れない限り、彼らが感じている疎外感や孤独感は消えません。
まずは、日本にも難民がいると知ること。
そして、彼らがどんな状況にあるのかを知ること。
多額の寄付をするとか制度を変えるために働きかけるとか、そういう難しいことじゃなくて、事実を知って、受け入れる。
家族や友人のように話し、彼らが「1人ではない」と思える場所をつくること。
それが、問題を解決する大きな一歩になります。
難民と日本人の共生を目指す団体WELgee
WELCOME+REFUGEE
〜難民の人も歓迎できる社会に〜
・日本に逃れてきた難民に、人間らしく暮らせる衣食住と"働く"を。
・日本社会が多様性・多文化を認め合い、受け入れ合えるように。
次回のWELgeeサロンは2月12日(日)19時から。
WELgeeサロン vol.5 ~日本に暮らす難民のこと、いろいろ知ってゆく会~