西加奈子の「ふる」を読んだ。
「ふる」は職業アダルトビデオのモザイクがけ・趣味はICレコーダーでの隠し撮りという主人公・池井戸花(か)しすの物語である。西加奈子はこの作品で、いつも圧倒されている「いのち」のことを書きたかったと述べている。この本を読み終えた後、一冊の写真集が思い浮かんだ。

フォトグラファー「亀山ののこ」の「100人の母たち」だ。
福岡の薬院という所に「望雲」というショップギャラリーがある。そこで昨年「祝島 原発の向こうに見えてきたもの」という那須圭子さんの写真展が開催された際に、この写真集に出会った。

望雲

福島原発事故後に、フォトグラファー亀山ののこが撮り続けた「100人の母」のポートレイトが、彼女たちの言葉と共に載っている。

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「こうした綺麗な形でいのちを脅かすものを告発するのは見たことがない。いい仕事だ。」―福島菊次郎(報道写真家)

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―わたしのいのちの子。しわしわで赤いあなたをはじめてこの胸に抱いたあの日をわたしは忘れません。こわごわとうけとめたあの日をわたしは忘れません。わたしと同じエクボをもって生まれてきた小さなあなた。

あなたはわたしでわたしはあなた。あなたの未来はわたしの未来。あなたのためにわたしのために 輝く未来をこの手にひきよせるため 母としてわたしは立ち向かう。
放射能や原発に。ごまかしや嘘に。ぬるま湯のここちよさや考えない気楽さに。あきらやめや絶望に。それはわたしの中にあるものです。

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母はよわく頼りないのですが心配はいりません。わたしにはいのちの絆で結ばれた仲間がたくさんいるのです。そしてうつくしいあなたの笑顔が無限の力を与えてくれるから。ありがとうわたしのいのちの子。
母はよわく頼りないのですが、だれよりもあなたを愛しています。「子どもたちに原発や核兵器のない未来を」―(原島佳子)

反原発を訴える母親たちの声がたくさん詰まっているのだが、全く過激な印象を受けなかった。
本当に叫んでいるのは反原発ではなく、「いのち」の大切さだからだと思う。母親が子どもを守るための言葉は、嘘がなくて真っすぐだ。色でいうと白。

大学時代、関東から岡山へ移住してきた方々と話す機会があった。初めて会った私の腕をつかんで、
「被災地での活動はしなくていい。できるだけ近づかないでほしい。」
と言ってくれた一人の母親がいた。私はその時とても戸惑ったことを鮮明に覚えている。真に迫った響きがその言葉にあったからだ。本気で心配していた。私たちというより、被災地に向かうすべての若者に向けられている印象を受けた。

時には家族の反対を押し切って、子どもと移住を決断した母親たちからは、いのちを守りたい時に生まれる強いエネルギーを感じた。ベクレルフリー(放射性物質ゼロ)を目指す移動式ドーナツ屋「ぜろどーなつ」を始めた方もいた。

ぜろどーなつ

ぜろどーなつ

全ての人が母親から「生まれてきたこと」を改めて感じた。
1月17日は阪神淡路大震災から21年、3月11日は東日本大震災から5年という月日が流れることになる。毎年この時期になると色々と考えてしまう。生きたかったけれど生きることができなかったいのちがこの世には沢山ある。今年もどんなことがこの世界で起きるかはまだ分からないけれど、与えられた「いのち」を全うできる一年にしたい。