
捨てられる牛を生かしたい。
「牛が捨てられているってほんと?」私は10年とそこそこ牛を飼っていますが、恐らくは一番の衝撃でした。
ところで、みなさんはジャージーという「乳牛」を知っていますか?学校給食やスーパーなどほとんどの牛乳は、白黒模様が特徴のホルスタインという牛のもので、日本にいる乳牛の99%がホルスタイン牛です。日本ではジャージー牛は希少で、バターやソフトクリームなど濃厚なミルクが特徴的で、知る人ぞ知る人気の乳製品になっています。
私たち宝牧舎は、黒毛和牛という「肉牛」を自然放牧で育てる会社ですが、先月に2頭のジャージー牛が新たな仲間に加わりました。そのジャージー牛は、生まれて6カ月ほどの子牛たちです。
黒毛和牛はどの牛にも名前があるのですが、ジャージー牛には名前がないので、私たちはその2頭をバンビとジャンと名づけました。この子牛たちこそが本来、捨てられるはずだった牛です。
私たちが飲む牛乳は本来、乳牛から生まれてきた子牛が飲むはずだった母乳で、乳牛の中でもオスの子牛たちは、母乳をほとんど飲むことなく飼料で育てられて牛肉になります。
私たちが食べている牛肉の20%は、ホルスタインのオス牛の肉なのですが、ジャージーの「オス子牛」の多くは、肉になることすらなく生まれてすぐに捨てられてしまうのです。
牛がなぜ捨てられているの?
その理由を一言で表せば、「お金にならないから。」
もともと乳牛のジャージーは、肉牛として改良されてきた黒毛和牛と比べると肉がつきにくく、ホルスタインと比べても牛肉としての価値はかなり低くなります。
実は、ホルスタインのオス子牛も、昔は捨てられていたこともあったようですが、近頃は牛肉需要の高まりや肉質改善が進んだこともあり、今は市場でそこそこの値段で売り買いされて、国産牛としてスーパーや食卓にならんでいます。
もちろん、乳牛農家の方々も喜んで捨てているわけではないのですが、美味しい濃厚なミルクをみなさんに飲んでもらうには母牛に子牛を産んでもらわないといけないし、メスだけ産んでもらうわけにもいきません。(最近では、性判別受精卵の移植によりメスを産み分ける技術もあるのですが…)
肉にするために育てるにしても、一般的には2年から3年もかかるので、それだけの労力とお金を使うだけの経済的な価値は皆無というのが現実です。
人の幸せのために牛の幸せが犠牲に?
私たち宝牧舎は、牛の幸せが人の幸せになる社会を目指して、「牛の幸せを考える牧場」を経営しています。
私たちの牧場は、誰も使わなくなった山奥の原野や放置された竹林の他、米を作れなくなった田などを利用しています。そこはかつて人が生きていくため、人の幸せのために使われていた土地です。
私たちの牧場にいる牛たちの多くは、繁殖ができなくなって経済的な価値がなくなった母牛たちです。かつては人に美味しく食べてもらうため、人の幸せのために子牛を産み育ててきた牛たちです。
「結局は肉にして食べるんでしょ。」面と向かって私たちにそんなことを言う人はいませんが、なんだかんだ言っても私たちの仕事は牛を育てて肉にすること。
「牛を放牧なんかしたら水が汚れる。」牛舎の汚れや人間の糞と比べれば大したことはないと思いますが、確かに牛の匂いがするし水も汚れる。「牛のゲップのせいで地球が温暖化する。」科学的なデータをもとに家畜の存在が否定されつつある世の中、私たちが何のために牛を飼うのかが問われていると思います。