私と堆肥との出逢いは25年前。
結婚後、大阪に住んで友達もいなくて
暇だから何か新しいことをしたみようと思い立ち、

生まれたばかりの長女をおんぶして、
自転車で10分ほどの畑を2畝ほど農家さんから借りました。

まったく野菜の作り方がわからず、
インターネットでの検索でもできなかったことから

実家で昔、野菜を作ってたことを思い出し電話しました。

栽培の質問には答えず
「カエルの子はカエルやね」
と電話の向こうでせせら笑っている母。

母も結婚後、お金もないことから庭にせっせと生ごみを埋め
庭を耕しだしたことを想い出したというのです。

「えー、生ごみ?」

「庭が健康になるとよ」(博多弁)

はじめは半信半疑だったのですが、ほかに先生はなく、
仕方なくコンポストというものを始めてみることにしました。

証券会社でワンレンボディコンだった自分が
(その当時はそれがいいと思っていたので)
身体にバツ印にかけられた
超でっかい長女(4㎏で生まれてドンドン育った)
のおんぶ紐が肩に食い込み、

生ごみをバケツに入れ、麦わら帽子を深くかぶって
ママチャリで自転車をこぐことになりました。

通りがかった店の窓に映る
変貌した自分の姿を見て複雑な気持ちでした。

「まあ、いいや知り合いいないし」

畑は小川の横にあり、元は田んぼのだっだそうで
水はけが悪い重い土でした。そこで

まずは、生ごみを埋めていくことから始めました。
その時は、堆肥という感覚ではなく
埋めたらそのうちなくなっていって溶けるんだという印象でした。

母からは電話で
「コンポスト容器ば、買ってみんしゃい」

と言われていましたが、2畝のスペースではまだ検討できませんでした。

そのうち、
私もやってみようかなというママ仲間ができて、
自転車3台連なって畑に行っては
せっせと小さな野菜のお世話に一喜一憂する日が続きました。

独身時代の友人には、信じられないと言われつつも
新しいローカルな小さな幸せ探しが気に入っていました。

まもなく
父の病気が発覚し、福岡に帰ることを決断したのを機に
あの畑を手放し、
私のコンポストストーリーがはじまりました。
(つづく)

たいら由以子