牛との出会い
今から10年ほど前、鹿児島の小離島、口永良部島への移住がきっかけで、農家からもらった1頭の母牛から、私の牛飼いの人生が始まりました。島に移住するまでは、田植えはもちろん、畑仕事もしたことはありませんでした。
そんな私が牛飼いになった理由は、「島で暮らすための収入を得るため。」です。私の両親は農家でもなく、農業の勉強はしたことがないし、畜産に興味があったわけでもないのですが、島で生活していくための手段として、牛を飼うことになりました。

島での牛飼い
いくら島暮らしは金がかからないとはいっても、1頭の牛だけではとても生活していくことはできません。そこで私は、一般社団法人を立ち上げて事業を行いながら、片手間で牛を飼っていました。最初は、農家からは「牛飼いをなめてるのか!」と怒られたり、行政からも「牛に専念してもらわないと困ります。」とか言われました。それでも自分なりには、他の島の農家へ研修に行ったり、農業大学校に通ったり、人工授精師の資格をとったりしました。
「島に仕事をつくる。」ことを目標にして会社を立ち上げたので、まずは自分の仕事をつくるため、自然放牧・自然交配・自然飼料にこだわりながら、細々と牛飼いを続けていました。でも色々あって、約7年住んだ口永良部島を離れることになりました。

牛飼いの悩み
その後に口永良部島で出会った妻と結婚して、鹿児島の黒島から福岡の大島へと、牛たちと一緒に島を転々とすることになりました。そうこうしているうちに、牛飼いだけでも何とかそれなりに生活していけほどに収入を得られるようになってきました。
それでも、「自分がやりたい牛飼いじゃない。」、ずっとそう思っていました。黒毛和牛の繁殖経営とは、母牛に産ませた子牛を1年ほど育てて市場に販売する仕事です。
その子牛たちは、肥育農家が購入して2年ほど育てられ、そして牛肉になります。私がいくら自然放牧にこだわって子牛を育てたとしても、市場で販売した後は生涯牛舎で育てられることになります。また、子牛を産めなくなった母牛も、最終的に市場で販売して、子牛と同様に牛舎で飼育されたのちに、安いミンチ肉になってしまいます。

牛の幸せとは?
子牛を産めなくなった母牛「こゆき」を飼い続ける中で、ずっと考え続けていたことです。市場で販売すれば、少しでも現金収入にはなる。牧場で死なせてあげられたとしても、家畜としての処置を受けたうえで、産業廃棄物として処分しなければならない。
2019年6月末に「こゆき」は自分たちでと畜場に連れて行って、牛肉となりました。そして、私は初めて自分が育てた牛を自分で食べました。「こゆき」にとっての幸せとは何かを考えた結果が「有難く食べてもらう。」ことでした。

畜産と家畜
畜産という産業は自然環境に大きな負荷を与えているし、家畜という動物は最終的には食べられてしまいます。だから一般的に、畜産のイメージは良くないし、世界の潮流としても、牛肉は食べないという方向で動いていると思います。
国内でも、畜産農家は超高齢化して新規就農もほとんどないし、黒毛和牛は高いので庶民は食べられない。多くの離島や地方の一部では、主な産業の担い手である黒毛和牛の繁殖農家がいなくなって、牛舎が朽ち果てて牧場も荒れ放題といったところも少なくありません。

牛と共に生きる
 私は、島での生活と牛飼いの仕事を通じて、たくさんの人たちといろんな牛たちから多くのことを学びました。それでも牛飼いとしてはもちろん、経営者や起業家としてはまだまだやるべきことがたくさんあります。
 これからは、宝牧舎という看板の元で、ボーダレスグループという仲間と共に、牛の幸せが人の幸せになる社会を実現するため、微力ながらも人生をかけて挑戦していきたいと考えています。